デボーション ヨハネによる福音書 12章:霊的盲目と勝利の入城
デボーション ヨハネによる福音書 12章:霊的盲目と勝利の入城 ヨハネによる福音書12章の黙想:なぜ奇跡は頑なな心を動かせないのか、ラザロの復活の影響、そしてイザヤの預言の成就について Topics: デボーション, .
デボーション ヨハネによる福音書 12章:霊的盲目と勝利の入城
本日のデボーションはヨハネによる福音書第12章からで、私の観察内容は以下の通りです。
観察
- 心が頑なになっている人をキリスト教に改宗させるには、奇跡や شるし(サイン)だけでは十分ではありません。イエスが行われたしるしや奇跡(主にラザロの復活)を目撃した多くのユダヤ人がいましたが、それでも彼らはイエスをキリストとして信じませんでした。イエスはこの章の中で、多くの人々が「霊的盲目」の状態にあるためにこのようなことが起きたのだと語っておられます。見る目、聞く耳、理解する心を持っているにもかかわらず、彼らはそうしようとしません。彼らは心を頑なにし、聖霊をけがした(冒涜した)からです。つまり、イエスがどれほど多くの奇跡を行われたとしても、彼らは耳を貸さず、イエスの言葉を受け入れる心を閉ざしていたのです。しかし、これもイザヤによってなされた預言が成就するために起きたことでもありました。
- ラザロの復活によって、多くの人々がキリスト教に改宗(信仰へ)しました。イエスがラザロを復活させたことにより、民衆の間に大きな分裂が生じ、多くのユダヤ人がイエスを信じるようになりました。イエスがエルサレムへ勝利の入城を果たされたとき、多くの人々(ギリシャ人を含む)がイエスに会い、拝むために出迎えました。そのため、パリサイ人たちはイエスだけでなくラザロをも殺そうとさらに意気込み、イエスをキリストとして信じ始めていた民衆から希望を奪おうとしました。